海辺の楽園 feat. 杉山清貴
真夏の夜、海辺のドライブ、リゾートポップ。そんなキーワードが脳裏に浮かぶのが、トベタ・バジュン feat. 杉山清貴の「海辺の楽園」だ。豪華ゲストを迎えて制作されたアルバム『すばらしい新世界』の中で、もっともシティポップ濃度の高い一曲といっていいだろう。
たしかにこの「海辺の楽園」は、あらゆる点でスタイリッシュに作られた一曲である。少し跳ねる感覚の16ビートで繰り出すミディアム・テンポに乗せて、軽快なホーン・セクションやゴージャスな女声コーラスが華を添え、あの杉山清貴の溌剌とした歌声が聞こえてくる。これ以上ないというほど、心地好さに満ちたナンバーに仕上がっているのだ。
杉山清貴といえば、’80sシティポップを代表するレジェンドのひとりである。もともと、「きゅうてぃいぱんちょす」というバンドのヴォーカリストとして1980年にヤマハのポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)に出場して注目を集め、1983年に「杉山清貴&オメガトライブ」に改名してデビュー。「SUMMER SUSPICION」「君のハートはマリンブルー」「ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-」と立て続けに特大ヒットを飛ばし、テレビの歌番組にも多数出演。いわば、お茶の間にシティポップ・サウンドを広めた最大の立役者でもあるのだ。1985年のオメガトライブ解散後は、ソロでも「さよならのオーシャン」「最後のHoly Night」「水の中のAnswer」などのヒット曲を多数持っており、40年もの間、第一線で活躍するヴォーカリストである。
ただし、この「海辺の楽園」は最初から杉山清貴を想定して作られた楽曲ではなく、トベタ・バジュンの数あるストック曲の一曲だったという。最初に形になったのは、堀込泰行(元キリンジ)をフィーチャーした「Seaside Heaven 3000」(2011年)である。しかもMACHO ROBOT(マッチョ・ロボット)という別名義の楽曲であり、アッパーなエレクトロ・サウンドに包まれたダンス・ナンバーに仕上がっているため、「海辺の楽園」と同じ楽曲だとは思えないユニークな一曲だ。
また、2012年に発表したアルバム『African Mode』では、日本語詞ではなくポルトガル語の歌詞をボサノヴァのリズムに乗せて歌う「Seaside Heaven」(2010年)として収録されている。こちらはアコースティック・ギターをベースにエレクトロニカのエッセンスを加えたヒーリング・サウンドに変身しており、まったく違う印象を受けるのが面白い。
このように紆余曲折を経てたどり着いたのが、「杉山清貴に歌ってもらう」というアイデアだったのである。いつかはAORサウンドでこの曲を表現したいという意思があったため、杉山清貴のヴォーカルとマッチングしたのは偶然であるとはいえ自然な成り行きともいえる。
80年代のシティポップ・サウンドをリファレンスとしながらも、現在進行形のネオ・シティポップも見据えたサウンドは、非常に緻密に計算されていると言えるだろう。ドラムスにはジャズ、フュージョン、ロック、そしてシティポップ関連の作品に多数参加している山木秀夫を起用したことも大きい。ベースにはマルチ・ミュージシャンでもある堀川真理夫、ホーン・アレンジにはM-Swiftとして活動している松下昇平、そして杉山清貴への楽曲提供も行う和悠美がコーラス・アレンジを手掛けるなど、名うてのミュージシャンで脇を固めた。質の高いシティポップ・サウンドが生まれたのは当然の結果である。
そして何よりも、杉山清貴の伸びやかな歌声がキャッチーなメロディを奏でることで、極上のリゾートポップへと昇華している。10数年越しで最終形として完成した「海辺の楽園」に酔うことができるのは、それだけ熟成された一曲であるからなのだ。