太陽の色 feat.サイゲンジ

『青い蝶』の中で唯一、ポルトガル語で歌われるサンバ「太陽の色」は、トベタ・バジュンがSONYのテレビ「BRAVIA」のCMのために作った曲だ。ブラジル・リオで撮影された、大勢のブラジル人サンバ・ダンサーが出演する極彩色のCMは、2006年から頻繁にオンエアされたので思い出す人も多いだろう。
実はこの曲には、ちょっとした裏話があるという。広告代理店が最初にCM曲を依頼した相手は、坂本龍一。しかし、依頼した内容の方向性が教授の意図と異なっていたため、彼は辞退。そのバトンを受け取る形で楽曲の制作を行なったのが、トベタだったというのだ。ここでもあらためて、教授とトベタとの深い縁に思いを馳せずにはいられない。
「太陽の色」にフィーチャーされる歌手は、トベタとほぼ同年代のサイゲンジ(Saigenji)。ブラジル音楽を基軸に、南米のフォルクローレ、ジャズ、R&B、ヒップホップなどを自在にミックスし、基本的には自ら作詞した日本語で歌う、シンガー・ソングライター/ヴォイス・パフォーマー/ギタリストだ。多くのプロ・ミュージシャンを輩出した早稲田大学の名門サークル、ラテンアメリカ協会の出身で、学生時代から独自の世界観を備えていた。ライヴのフィナーレに歌うことが多い曲「ミュージック・ジャンキー」、このタイトルは、サイゲンジのキャラクターを明快に言い表している。
トベタとサイゲンジの出会いは、サイゲンジが所属するレーベル、ハピネスレコードが2001年からリリースを始め、”J-BOSSA” ムーヴメントをリードする人気シリーズとなったコンピレーションCD『TOKYO BOSSA NOVA』。その第5弾『TOKYO BOSSA NOVA~lua』(2003年)に、トベタ・バジュン feat.Opalaの「O MAR EM PAZ」が、サイゲンジの曲などと共に収録された。ちなみに第7弾『TOKYO BOSSA NOVA~madeira』(2005年)の1曲目に、トベタの「Floresta」が収録されている。
こうして2人の交流が始まり、トベタが手掛けるゲーム音楽にサイゲンジをフィーチャーすることもあった。「太陽の色」は、サイゲンジが単身、リオに乗りこんでブラジル新世代のサウンド・クリエイター、カシンのプロデュースで4作目のリーダー・アルバム『Acalanto』を制作した後の録音になる。僕も制作スタッフとして同行した『Acalanto』は、歌詞は全て日本語で、リオ録音だからと言ってサンバなどの明快なブラジル音楽のリズムは聞こえてこないアルバムだった。それに対して「太陽の色」は、ポルトガル語で歌うサンバ。ヴォイス・パフォーマーのスキルを発揮したスキャットもふんだんで、トベタがサイゲンジのブラジリダーヂ(=ブラジル気質)を引き出した曲でもある。
「太陽の色」にはサイゲンジと共に、女性ヴォーカリストがフィーチャーされる。声の主は、神田智子。東京芸術大学声楽科の出身で、anonymass、world standardなどで活動してきた。細野晴臣をはじめ大勢の音楽家、グループのライヴやレコーディングにヴォーカル、コーラスで参加し、映画やドラマの音楽CMなどでも活躍している、歌声のプロフェッショナルだ。anonymassのチェロ奏者、徳澤青弦がトベタのプロジェクトでも演奏していたことから、この曲への神田智子の参加へと繋がったそうだが、ここで時計の針を戻すと興味深い事実がある。
2000年前後、神田智子、サイゲンジ、徳澤青弦は、bastante(バスタンチ)というブラジル音楽のバンドのメンバーとしても活動していた。当時、20代半ばだった彼らの冒険心を反映した、実験性と娯楽性を兼ね備えたバンド。何度か聴いたライヴはとても刺激的で、時代の変化と新世代の台頭を強く実感させられた。bastanteの音源は『TOKYO BOSSA NOVA~verão』(2002年)に1曲、収録されたのが唯一。そんなこともあって、サイゲンジと神田智子の歌が聴ける「太陽の色」に、伝説のバンドbastanteのDNAも受け継がれていることが嬉しい。それは、トベタ・バジュンが狙ったことではないと思うが、結果は後からついてくるのがプロデュース・センスの妙なのだと思う。