Thatness and Thereness feat.高橋幸宏

 2008年、トベタ・バジュンが制作に4年の歳月をかけて発表したオリジナル・ファースト・ソロアルバム『青い蝶』。大勢の音楽家たちとコラボした中で、大貫妙子の次にゲスト・オファーを行なった音楽家が高橋幸宏だった。トベタがオリジナル曲「Asian Flower」への参加を坂本龍一に依頼する後のことだったという。

 高橋幸宏にヴォーカリストとしての参加を依頼した楽曲は、坂本龍一の作品「Thatness and Thereness」。YMOが社会現象的な人気を巻き起こしていた1980年、教授が “反YMO” 的な意識で作ったリーダーアルバム『B-2 UNIT』の中の曲で、当初はインスト曲の予定だったが、自身のヴォーカル曲として録音した。

 トベタは『青い蝶』でこの曲を録音するにあたり、歌を高橋幸宏に依頼した理由として、幸宏が「教授の歌が上手いわけではないし、それは教授自身も承知の上で歌っているんだけど、すごく良い曲」と評していたので、シンプルに歌に味があってスキルも高い幸宏に歌って欲しいと思った、そのようにコメントしていた。

 当時、トベタは高橋幸宏との面識はなかったのだが、持ち前の行動力を武器に事務所のドアをノックした。そしてアルバムのコンセプトと収録内容を丁寧に説明したところ、参加が実現した。実は人見知りな性格で、初対面の相手に対して心を開くまでに時間がかかる、とも伝えられた高橋幸宏なので、面識がなかったトベタのオファーを受けたのは、彼の音楽性を即座に認めたからに違いない。ただし、ヴォーカルの録音は幸宏の事務所が行ない、権藤知彦がエンジニアをつとめた。

 YMO世代のトベタにとって、教授が作曲して歌った楽曲を、幸宏のヴォーカルをフィーチャーしてカヴァーというのは、大胆この上ないワクワクするチャレンジ。実際に聴くと、まるで幸宏のオリジナル曲のように響くほど、楽曲、歌声、そしてトベタが創るサウンドのアンサンブルが一体化し、優美な音色のハーモニーを奏でている。言葉を換えれば美意識の融和、そうとも言えるだろう。

 トベタは「Thatness and Thereness」の完成までに何度も編曲を繰り返したそうで、リリースに至るまでに、様々なヴァージョンが存在するという。最終的にはエレクトロな要素で編曲したヴァージョンがリリースされたが、未発表のものにはオーケストラ・ヴァージョンやピアノの伴奏のみのヴァージョンなどが存在する。いずれ、それらのヴァージョンが世に出る日が来ることを期待したい。

この記事をシェア
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

横浜生まれ。放送・音楽プロデューサー/選曲家。J-WAVEの人気FM番組「サウージ!サウダージ」を88年から36年間、プロデュース中。
85年から約50回ブラジルに通い、現地録音のCD制作(約15枚)、山下洋輔、東京スカパラダイスオーケストラのブラジル公演制作などに従事。
制作に関わったCDはブラジル音楽からジャズ、J-Popまで50枚以上、選曲したコンピレーションCDは60枚以上。
空間BGMの選曲、小野リサなどのコンサートの企画プロデュース、ステージ構成/演出、DJ、司会、カルチャーセンター講師もつとめる。
最新の著書『ブラジリアン・ミュージック200』(2022年:アルテスパプリッシング)。「ジョアン・ジルベルト読本」(2024年4月:ミュージック・マガジン)監修。
その他『リオデジャネイロという生き方』(双葉社、2016年)共著。『21世紀ブラジル音楽ガイド』(Pヴァイン、2018年)監修。

目次